2014/02/14(金曜) 00:00

「ムダをなくせ!」は、思考停止ワード?

最近、PDCAがテーマの勉強会に参加させもらっている。
メーカーを経て、コンサルタントをやっている方のもとに、
若手や経営者が集まり、リアルな応答で学習が進む。

 

様々なエピソードが披露され、実に面白い。
その中で、こんな話をきいた。


トヨタでは、「ムダを無くそう」とは言わない。

 

これでは人は動けない。
では、なんというか?

 

「ムダを探そう」と、言うのだそうだ。

 

なるほど、実際に自分が、
どちらの呼びかけに反応するかと問われれば、
圧倒的に、後者の方に軍配があがる。

 

たった4文字の違いだが、
「探そう」という呼びかけは、
人を意識的にさせ、能動的にさせる。

 

 

その話を聞いて、ハッとした。

 

この頃、仕事のメモを見て、内容が判然としないことがある。

 

ふとひらめいたサービスアイデア、
お客さんにヒアリングした話、
コーチングセッションのメモ。

 

キイワードはわかるのだが、「それで?」

 

自分で聞いて、自分で書いたはずなのに、
なんでわからなくなっちゃうんだろう?

 

こう思ったのは、最近入社した社員のおかげ。

 

「これは、どういうことなんですか?」と聞かれて
「あれ?どういうことだっけ?」と私自身が困惑する。

 

人に正確に内容を伝える、ということが、
簡単ではないことに、今さら気づく。

 

わかっていたつもりでも、人に伝える、
まして、それに基づいて何らかのアウトプットを
出してもらおうと思うと、「半端」は命取りだ。

お互いの時間とパワーをロスする。

 

いろいろ考えると、どうも「キイワード」とか「名詞」で
メモを終えているからではないかと気づいた。

 

たとえば、

メモ⇒「優先順位」

疑問⇒「“優先順位”が、ついていない、のか?

“優先順位”が、つけられない、のか?

“優先順位”を、考えていない、のか?

はたまた、“優先順位”を、つけよう!なのか?」

 

その時は、わかったつもりで書いていても、
あとから読み返すと、内容が判然としない。

 

で、決めた。

 

動詞で書こう、動詞で語ろう。
それも、「明確で意識的な動詞」で。

 

ここ1週間ほど、意識的に実践しているが、
さてさて効果のほどは?

 

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