「働く」が変化している

今年も、新入社員研修の季節がスタートした。
講師仲間は、こぞって紺色のスーツにビシっと身を固め
10日間ほど走りこむ。

日頃はコンサルタントやコーチといった仲間も駆り出され
社会人とは?ビジネスマナーとは? を教えに走る。
「久しぶりのスーツが入らない!」と、悲鳴を上げる仲間もいる。


かくいう私も、5年ほど前から新人研修に携わるようになり、
あわてて紺のセットアップを買った記憶がある。

ノックが2回なのか3回なのか、なんて話も、
正直、自分が新人研修を担当する段になって覚えた。
(実は、新人に間違いを指摘された・汗)

「疲れた~」と感想を漏らす新人もいるし、
「頭ではわかっているつもりでも、なかなかできない。
当たり前にやっている社会人って、すごいと思った」
「敬語は難しい。新しい言語を覚えるつもりで頑張る!」と
素直に自分の現実に目を向け、努力しようという新人もいる。

ぽやんとしていた新人が2日も経つと、
ハキハキと挨拶ができるようになっている。
その変化には、正直びっくりする。

 

息子が会社を辞めてきた。
自分で何かをやりだすらしい。

話をきいても、
それで果たして食べていけるのか、
さっぱりわからない。

私の頭が固くなったのか?

 

私の周囲にも、
新しい仕事が増えてきたような気がする。
山登りしながらコーチングをする人、
昼夜問わず営業しているスナック。
うちの会社だってオットに言わせれば、
何をしている会社か理解不能みたい。
モノのない世界は、なかなか説明がむずかしい。

ことさら新しくはないものの、変化をいとわない人も多くなった。
先日、社会人大学の履修生の集まりがあったが、
転職や独立など、以前と同じ名刺を持つ人は半分もいない。

新しい世界に向かう人たち。
ビジネスとライフの境界をはっきりさせる人、
ビジネスとライフスタイルとの境界線がはっきりしない人
2極化していることが多くなってきた。

今の「働き方改革」は、時間や休日でぎゅうぎゅう縛る感じだけど、
これからの人は、そんな「働き方」を軽やかに超えていくのではないか?
あるいは「働く」という概念自体、無くなっていくのではないか?
そんなことを感じたりもする。

 

「働き方」が大きく変わってきている今、
ある意味「社会人として生きていくための共通言語」が
どんな世界でも生きていける柔軟な知恵に変化していくことを
願いつつ、次の研修会場に向かう。