先日、新聞のコラムで、こんな話を読んだ。
「学童クラブでね、道具ひとつひとつに名前をつけてやる。
ハサミは花ちゃん、消しゴムはたかし君。
そうするとね、どんな乱暴な子供でも、
道具に話しかけたりして、丁寧に扱うんですよ」
なるほど、人としての道理かもしれない。
無機質なもの、意識しないものに名前をつけただけで、
そこに命が吹き込まれ、対話のできる対象となる。
コーチングをしていて、
“もやっ”とするものに名前をつけてもらうことがある。
行動を起こそうとする自分を止めているもの。
自分の見たくない自分。
あるいは、素晴らしく成長した未来の自分。
私の場合は、“言えない自分“に名前をつけた。
その名も「まっくろくろすけ」。
言いたいことを止めているナニモノかだ。
言いにくいことを言おうとドキドキする「まっくろくろすけ」。
見ぬふりでやり過ごそうとする「まっくろくろすけ」。
時々、彼と会話をした。
時には、「まっくろくろすけ」になりきって、
言いたいこと全てを紙に書き出したりした。
そんなことを3ヶ月続けたら、
「まっくろくろすけ」の仕事は終わりになった。
見える化したらラクになった。
あるベンチャー社長とのセッションで。
どうもメンバーとのギクシャクが気になる。
で、一大決心して「360度フィードバック」を試みた。
メンバーからは、どんな反応があるだろう。
ドキドキの結果。
社長への様々な期待と同時に、
関係を阻害する要素として「尊大」というキイワードが出た。
彼は、一晩考えた。
確かにそうかもしれない。
でも、オレ自身のエネルギーだ。
そこは変われない。
こんな小さなベンチャーを伸ばしていくのに必須な要素だ。
で、彼は決めた。
「尊大」と付き合ってもらおう。
メンバーにフィードバックのお礼を言い、
「オレ、尊大くんだからさあ、よろしく」
「尊大」が「尊大くん」になったことで、
メンバーもラクになった。
「社長、尊大くんに少し静かにして、って伝えてください」
「社長、尊大くんだからなあ。しょうがない、やりますよ」
お互いに本当のことを口に出すことで、笑いながら仕事ができるようになった。
「見える化」して「共有」することで、自覚して対応できるものになる。
あなたのもやもやに、どんな名前をつけますか。